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京都地方裁判所 昭和36年(ワ)214号 判決 1963年2月28日

原告 国

訴訟代理人 水野裕一 外四名

被告 若松フミ 外六名

主文

被告若松フミは、原告に対し、一六一、八四四円及びこれに対する昭和三四年四月二六日から支払の済むまで年六分の割合による金員を支払え。

被告若松フミを除くその余の被告等は、原告に対し、各自五三、九五九円及びこれに対する昭和三四年四月二六日から支払の済むまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告、その余を被告等の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分は、担保として、被告若松フミに対し五〇、〇〇〇円、同被告を除くその余の被告等に対し各二〇、〇〇〇円を供託すれば、当該被告に対し仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、成立に争いのない甲第一、二号証及び証人大橋甲子郎の証言を綜合すると、

原告(所管庁右京税務署長)は、株式会社山崎商会(以下山崎商会という。)に対し、昭和三四年四月一四日現在において既に納期を経過した昭和二五年度ないし昭和二七年度法人税合計五八三、六三四円(内訳別紙のとおり)の租税債権を有していたこと、右京税務署長は、山崎商会に対する前記国税の滞納処分として、昭和三四年四月一四日山崎商会の若松勇三に対する貸付金二三、七〇三円、立替金二四六、六四七円及び仮払金五八八、五三七円を差押え、支払指定期日を同月二五日と定める旨の差押調書を作成し、その頃右差押についての差押通知書を普通郵便により若松勇三に発送したが返送を受けなかつたことを認めるに十分であり、これによると右差押通知書は、遅くとも同月二五日若松勇三に配達されたものと認めるのが相当である。

二、ところで、成立に争いのない甲第四号証の二、三、同第五号証、同第七ないし第一二号証及び証人糀田博の証言により成立を認め得る甲第三号証並びに証人糀田博及び同西尾景雄(第一、二回)の各証言を綜合すると、被差押債権の発生原因等につき、次のとおりの事実を認めることができる。すなわち、

山崎商会は、生糸の販売等に関する若松勇三の個人営業を、同人を代表取締役とする株式会社に組織した零細同族会社であつて、その実体は若松勇三の個人営業と異らず、若松勇三は、昭和二四年四月一九日山崎商会設立以来、会社の資金を、取締役会、監査役の承認を得ることなしに随時若松勇三個人の用に供し、かつ随時返還補填するという所為に出、これが未決済額は、昭和二九年三月三一日現在において八五八、八八七円に達したのであり、同日現在で作成された山崎商会の貸借対照表(甲第四号証の二)上の分類に従うと右八五八、八八七円の内訳は貸付金二三、七〇三円、立替金二四六、六四七円及び仮払金五八八、五三七円となるのであるが、昭和三三年一一月一〇日若松勇三は、右京税務署長に対し債務承認証(甲第三号証)を差入れて右債務の存在を確認し、かつ既に弁済期が到来していることを認めつつ、これが弁済の猶予を求めていた。右のとおり認めることができる。してみると、若松勇三は、法律上の原因なくして山崎商会の財産により八五八、八八七円の利益を得、山崎商会にこれと同額の損失を及ぼしたのであるから、山崎商会に対して右金員を返還すべき不当利得返還債務を負つていたものというべきである。

三、一において説明した右京税務署長の差押にかかる債権、したがつてまた本訴請求の目的たる債権は、右二に説明した若松勇三の債務を山崎商会の側から見た債権なのであるから、その性質は不当利得返還請求権であつて、右京税務署長が差押に際し、右債権を表示するために貸付金、立替金、仮払金なる用語を用いたことは、従前既に当事者が右債権を特定するために用いていた用語を利用したに止まるものと解せられるから、あながち妥当を欠く表示の方法であつたとは考えられないけれども、原告国が本訴提起に際し、請求の目的たる債権を、貸付金返還請求権、立替金返還請求権、仮払金返還請求権と表示したこと(このことは、本件訴訟の経過に徴し明らかである。)は、右債権の表示としては、いささか適切さを欠くものであつたといわねばならない。しかしながら右の表示の不適切さは、あくまでも債権に付した名称の不適切さであつたのであり(蓋し、当時原告国は、債権の発生原因については、未だ何らの主張をもしていなかつた。このこともまた、本件訴訟の経過に徴し明らかである。)、これを是正するためには債権に付した名称を訂正すれば足り、あえて債権の発生原因を変更すると主張する(原告が、かような挙に出たこともまた、本件訴訟の経過に徴し明らかである。)要はなかつたものであつて、原告がした債権の発生原因の変更とは、その実質は訴の変更ではなく、本訴請求の目的たる債権の名称を、会計学上の用語によれば貸付金、立替金、仮払金と呼称さるべき不当利得返還請求権と訂正し、かつ欠けていた右請求権の発生原因の主張を事実摘示一の(二)のとおりに補正したものと解するのが相当である。してみると、被差押債権と本訴請求の目的たる債権とが別異であるから原告の本訴請求が失当であるとする被告等の抗弁(事実摘示二の(二))は、失当である。

四、ところで被差押債権の発生原因については、事実摘示一の(二)に記載したもの以外には主張はなく、また前記二に記載したもの以外には立証がない。すなわち、被差押債権は、多数の不当利得返還請求権の集合体であるものと解せられるにも拘らず、これを構成する個々の不当利得返還請求権については、発生の時、数額その他これを特定するに足る事項につき主張立証を欠くものといわざるを得ない。しかしながら被差押債権は、右に記載した主張立証により、なお特定されているものと解するのが相当である。蓋し、右主張立証をもつてすれば、債権者及び債務者、債権の種類、債権発生の期間、右当事者間には右期間内に同種の債権は他に発生していないこと並びに右当事者及び原告国の間で右債権には貸付金二三、七〇三円、立替金二四六、六四七円、仮払金五八八、五三七円という名称を付して個別化していたことを肯認することができるからである。してみると被差押債権が不特定であるから差押が無効であるとの被告等の抗弁(事実摘示二の(三)、(四)は、失当である。

五、ところで、若松勇三が昭和三五年一〇月七日死亡したこと及び被告若松フミがその妻であり、その余の被告等がいずれもその嫡出子であることは当事者間に争いがないから、被告等は、その相続分に応じて、被差押債務を弁済すべき義務がある。

六、ところで前掲甲第四号証の二、三を綜合すると、若松勇三は、山崎商会に対し、昭和二九年三月三一日現在で、昭和二八年四月一日に始まり昭和二九年三月三一日に終る営業年度の未払給料債権として八四、〇〇〇円の債権を有していたことが認められるのであり、右債権は、明確な反対証拠が存しない本件においては、昭和二八年四月から昭和二九年三月まで一二ヵ月分月七、〇〇〇円の割合による雇用契約上の給料債権であつて、各月末日ごとに弁済期が到来したものと認めるのが相当であり(したがつて、これを取締役報酬であるとしてする原告の主張、すなわち事実摘示一の(六)は、失当である。)、右給料債権は、前掲甲第五号証によつて認め得るところの昭和二九年五月三一日の山崎商会の解散まで更に二ヵ月分一四、〇〇〇円発生し、いずれも各月末日ごとに弁済期が到来し、右解散による雇用契約の当然終了によつて発生を止めるに至つたもの(この点については、原告は明確には主張しないが、若松勇三が山崎商会の清算人となつたことを立証趣旨として甲第五号証を提出していることからすると、かく主張しているものと解することができる。)と認めることができる。そうして被告等は、右未払給料債権合計九八、〇〇〇円を相続分に応じて承継したこと、右五の説明により明らかであるから、被告等の相殺の抗弁は、右九八、〇〇〇円の限度において理由があるが、これを超える部分については理由がない。

七、したがつて被差押債権中原告の取立請求にかかる五八三、六三四円から右九八、〇〇〇円を差引いた四八五、六三四円につき、被告若松フミはその三分の一である一六一、八四四円を、その余の被告等は、おのおのその三分の二の六分の一である五三、九五九円(いずれも一円未満切捨)及びこれに対する差押通知書の第三債務者若松勇三に到達した日の翌日である昭和三四年四月二六日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(会社の不当利得返還請求権に商事法定利率による遅延損害金を付すべきこと、いうをまたない。)の支払をなすべき義務があり、原告の請求は、この限度において正当として認容すべきであるが、その余は、失当として棄却を免れ難い。よつて民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 乾達彦)

別表一<省略>

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